classics-disco’s blog

西洋古典学を学ぶ一学生のブログ

アートの語源とは

 「アートの意味は?」と訊かれて言葉に詰まる人は少ないだろう。アートと言えば「芸術」、「芸術作品」を指すことくらい誰でも知っているし、感動するものを見れば、「これはアートだ!」なんて言ったりする。勿論、普通に暮らす分にはそれで何の問題もない。けれども、それでいいのだろうか?──と僕は敢えてつっこんでみる。なにしろ、言葉というのは信じられないくらいの歴史を持っているのだ。そして、一つ一つの言葉が気が遠くなるほどの長い時を経て変遷を重ねて、いま僕たちは何気なくそれを使って話したり書いたりしている。その事実は感動的ではなかろうか?学校で古文を習った時、僕は日本語の歴史性にいたく感動したものだった。「言葉は、いかに多くを語るのだろう!」と。今日僕は、言葉の歴史をひもとく営みのほんの“試み”のようなものをやってみたいと思う。「アート」という語は何を語るのだろうか。

 

 Artの語源

 Artというのは英語だが、この単語はもとを辿ればラテン語のアルスarsに由来する。勿論「このアルスももとは~という言葉からきていて...」と続くわけだが、そこまでは力不足で僕には書けないので、ラテン語までにしておく。

 ラテン語のアルスの語義を辞書で引いてみると、①技、技術②こつ、技巧③仕事、職業④学問、学芸そして⑤芸術、芸術作品などがある。僕らになじみのある「芸術」というのは分かるが、「技」「学問」などは何なのか?

 実はアルスは「人の手で為すことができること」を指し、そこから技術やコツ、仕事、芸術作品といった意味が(英語のworkも「作品」という意味がある)、またさらには学問(=人が理性を用いて思索し、文章や数式を書く営み)をも意味する。リベラルアーツのartsもラテン語のartes liberales(アルテス・リーベラーレス)に由来し、「自由人にふさわしい学問」という意味だった。アルテス・リーベラーレスは七つの科目から成り立っており、学生たちはまず初級三科である「文法」「修辞学」「弁証法(論理学」を、そして次に上級四科「算術」「幾何」「音楽」「天文学」を学んだ。ところで初級三科はtrivium(トリウィウム)と呼ばれていたが、これはtriが「三」で、viumが「道」という意味なのだが、転じてこれら三科目指すようになったのだろう。そして驚くべきことに英語のtrivia(トリヴィア)の語源は、このtrivium(初級三科)から来ているという。昔流行った「トリビアの泉」のトリビアは、語源を辿ればアルテス・リーベラーレスまで遡る。現在では、「リベラルアーツ教育」と言えば一般的に広く様々な学問を学ぶことを主な目的とする。しかし、その理念は「真の“自由人”たること」であったのだ。

 

 アルスとは、既に述べたが人の手で作る様々なことを指し、そこから芸術という意味もできた。”ars longa vita brevis.”というヒポクラテス古代ギリシアの医学の父)に帰されるラテン語は英語では”Art is long, life is short.”と訳され、よく知られている。しかし、これは「芸術」ではなく「技術」の意味で、もっといえばヒポクラテスが編み出した「医術」を指す。古代ギリシアでは様々な「アルス」が芽生え、「医術」も「学問」も「詩芸術」も凄まじい発展を遂げた。それらの「アルス」が今もなお我々の元に息づいているのを見れば、人の生み出すものはなんと素晴らしいのか、と感嘆せざるを得ない。


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 今回はアートという語の意味をラテン語の語源に遡って探究してみた。英語はたくさんの語をギリシア語やラテン語から借りているので、ラテン語ギリシア語の学習は、英単語の意味をより深く理解せしめてくれる。ラテン語を勉強中に、「このラテン語もしや英語の○○の語源では?」などと思いつき、調べ、実際にそうであった時の感動は筆舌に尽くしがたいほどだ。僕のこの感動を少しでも共有できるようにと願い、このブログを立ち上げてみた。これからも発見し次第更新していくつもりなので、楽しんでいただければ幸いである。